緑一色
現在、思い出そうとすると、その光景はセピア色に染まっている。
何の気もない日常が、それでもとても尊く思い出されるのは、
年をとった、ということなのだろうか?
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となりの卓から、怒鳴り声が聞こえた。
「ふざけんな、何が32,000点じゃい!」
酒が脳天まで廻っている様子のおっさんが、怒号をあげる。
酒のせいなのか、その頭頂の平野が真っ赤に燃えている。
まるで、おべんとうに入っているウインナーのたこさん、のような感じ。
「緑一色じゃ。おまえ、リューも知らんと、麻雀打ちよったとかいな?」
和了したほうのもやしのような風貌のおっさんは、淡々と続ける。
緑一色を、リュー、と呼ぶあたり、かっこいい。
本当は仲がいいのだろう、 ほかのジャガイモとはんぺんのようなおっさんも
にこにこして、見守っている。
そのもめているとなりの卓を覗き見したところ、
23のターツに4でのロン和了だ。
ところが、だんだん空気が変わってきた。
「きさん、ふざけんな!これのどこがリューなんじゃ!」
お酒がはいっていたこともあってか、タコのおっさんが、
3ソウを指差して、小学生のようなインネンをつけはじめた。
23のソーズのターツ。 その3ソウが赤く塗られている。
(九州の一部では、チャンタも楽しめるように、赤牌は3の環帯に入れられていた。)
赤があるから、緑ではない、とチンピラみたいなインネンをつけ始めたのだ。
「リュー、っちゅうのは、どうゆう役じゃ?
ゆうてみい?あーん?どういう役じゃ?
手牌の全てが、緑っ、ちゅーことやないんかい?」
笑い飛ばされるであろうインネンに同卓をしていた
ジャガイモのような風貌のおっさんが同調した。
「確かにそうやな。これは、緑じゃないわな。
リューとはいえんなあ。 ホンイツ赤ドラ1の3900点じゃな。」
まさかの展開に、もやしのおっさんも
「 ふざけんな、おまえら、そういうやつやったんか!」
と激昂しだした。
「リュー狙いたいんやったら、赤3ソウは使わんことじゃな。
チョンボにせんかっただけ、感謝せいや!
このタコスケ、もっと麻雀勉強せいや。」
もやしは、そう吐き捨てて、ビールを煽った。
「そんなん、最初に決めてねえやないか!キサンぶちころすぞ!」
たこは、もやしのむなぐらを掴み、つっかかる。
麻雀サロンの喧騒は、この騒ぎをまるで日常のように包み込む。
じゃがいもとはんぺんの仲裁もあったが
「あー、ばからしいわ。もうやめた!
お前らとの付き合いはこれまでじゃ。 絶交じゃ!」
と、たこは、万札を卓に叩きつけて、麻雀サロンを出てゆく。
残された3人は、しょうがねえな、と金をひろい、マンズを抜き、
ビールをくいっ、とあおり、タバコを燻らせてサンマをはじめた。
それから、しばらくして、麻雀サロンでタコを見た。
タコは、また同じメンツで卓を囲んでいて
しこたま負けているのか、いつものように赤い顔をしていた。
どうやって仲直りしたのか、と思いながらも
きっと、「けんかするほど仲がいい」というやつだろうな、と納得する。
私たちのセットに、取り決めが生まれる。
①酒は飲んでも飲まれるな。
②緑一色は赤、使ってもいいよ。
でも、それから、我々の卓で、リューが出ることはなかった。