パラダイス ロスト

楽園が大好きだった。
高利貸しや、パチプロ。
医者崩れや、病院を抜け出してくる
余命幾ばくの重病人。
それぞれのままならぬ
人生を抱えながら
ここでは、みなホントに
楽しそうに麻雀を打つ。
その様子は、まるで
おとぎ話の世界にいる、と
錯覚してしまうほど、
果てしなく優しい。

ここは、楽園。
きっと
失われた楽園。

刹那な幸せは
対局を終え、卓を洗い
ドアの開けて店の外に出たなら
霧散する。

その楽園に、ごろつく
たちの悪いヘビが私だ。
今の私。
みんなと違い麻雀ではなく
お金を拾いに来ている。

現在は、この雀荘で
雨宿りをしているだけなんだ。
いつか、ここを離れる。
それまで、負ける訳にはいかない。
日銭を拾って生き延びるんだ。
雀荘で小銭を拾う自分が
堪らなく嫌だった。
けれど、それ以外の何か、
など、どこにも見つけることが
その時はできなかった。

こんななんでもない日の
目の前にいる大男との出会いが、
自分の人生を変えることになる
とは夢にも思ってはいなかった。

大きなその男は、
よろよろと卓につく。

不思議な優しい眼差し。

対局の顔ぶれは、
私と、
店員さんと、
20代の若者と、
その大男の4人。

卓の中央で液晶のサイコロが
うれしそうに転がる。 私は、南家。
大男は、北家。
私の正面の席にドスンと腰掛ける。
強そうだなあ。
他のお客さんを食われたら
どうしよう。
私は、この店以外の雀荘で
プラス収支を残す自信など、ない。
この店がなくなれば、
この店で勝てなくなれば、
私の未来もなくなる。
絶対に、負けられない。
東1局 南家である私に、
役牌の南が組まれる。 開局刹那、
初牌の南をノータイムで、
仕掛ける。
峻烈な鳴き。
南ドラ1。
2000点を和了する。 (フリー麻雀で負けない為には、
安手だろうとなんだろうと、
とにかく手麻雀であがり続けること。
自分の手が安いということは、
他家の手は高いことが多い。
自分が安手でもあがれば、
他家のチャンス手を
ぶっつぶすことができる。
まずは、他家の形を払うこと。
そう、信じていた。)
いつもどおりの軽いあがり。
いい感じだ。
大男に麻雀を打たせない。
楽しませない。
そう思い、点棒を受け取る私は
「私の手牌」に、強い視線を感じた。 大男が、遠くをみつめるような、
慈しむような、
なんとも表現できない表情で、
「私の捨て牌」と、
「開いた私の手牌」を見つめていた。私を、見てはない。
私には目もくれず、
大切な友人を見るように
麻雀牌を見つめていた。
「なんだ、この男は?
なにか文句があるのか?」
私は、その大男に
「なんともいえぬ不思議な感覚」
を覚えた。
いままで、こんな風に
「自分の和了」
「自分の麻雀」を
強く見つめられたことなどない。
みな、自分の手牌と、
自分のさくせんのことしか
考えていない。
自分のことだけを考えている。
それが当たり前だ。
世の中と同じ。
みな、自分のことで
精一杯。
なんだか、自分の渾身の
南ドラ1の和了が、
んでもなく「いけないこと」
のような、そんな気持ちまで、
沸いてきた。
「いやいや、そんなわけない!」
 頭を振り、そんな雑念を振り払う。いままでも、こうやって打ってきた。
結果は出ている。
これからも、同じ様に打つだけだ。
私は間違ってなどいない。
次局は、私の親番だ。
自分のアガリで
ひっぱってきた親番。
ここで、とばしてやる。
手牌を勢いよく流し込み
サイコロをふる。

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深夜1時からの対局

勝てばよい。

勝つことだけを目的として
他人の嫌がることを最優先する。
自分のいらない牌は
切りまくるけれど、
絶対にふりこまない。
三色?
イッツー?
美しいよね。
でも、和了できないなら
意味がない。
手役への憧れはいらない。
麻雀は自分が和了できれば、失点はない。
他家を和了させなけれはいい。
私の打牌で、他家が
手順を誤るのであれば、
それはとても効果のあること。
そう割りきったあとの
私の成績は、良好だった。
成績をつけ、
同卓者のクセを覚え
帰宅後、ノートにまとめる。
同じ相手と打ち続ける限り
目立つことなく結果を出せた。
不ツキのアヤを感じれば、
もうその日は店じまい。
ツイているときは回数を重ねる。
「身勝手な振る舞い」
でも、ルールに違反はしていない。
とにかく、お金が目的だった。
勝つこと。
勝つ為には負けないこと。
麻雀での副収入がなければ
明日もない。
たくさんいる常連客。
みな楽しそうに打っている。
みな、「麻雀」を楽しんでいる。
けれど自分はそうではない。
「麻雀を打つこと」ではなく、
「お金」を目的にしていた。
だからこそ、
お金が目的と悟られぬよう、
目立つ振る舞いは控えていた。
あまり負けてないひと。
と思われることがベスト。
いつも勝ってる、
と思われてはいけない。
身勝手な麻雀は、
嫌われこそすれ、
許される。
麻雀は、みな身勝手なもの。
その身勝手の責任を
お金ですませる。
けれど、だからこそ
小さくとも「勝っている」と
思われることだけは避けたい。
同卓拒否をされてしまえば
元も子もない。
ラスは引かないこと。
それと、ぶら下がりの2着
これを激しく意識する。
降着することはとにかく避ける。
南2局からの、
2着狙いなんて、常套手段だ。 2着にぶらさがることは、
目立たずに勝つためには、
ある意味トップをとることよりも
大切だった。 2着3回、トップ1回は、
トップ3回、ラス1回より
価値があった。
この店さえあれば、
なんとかやっていける。
常連さんたちが、このまま
ずっときてくれれば
大丈夫だ。
 その日も日当分?を稼ぎ、
雨足の強い帰路を気にしながらも、
私はラス半コールを入れた。 店員2人入りでの、
その日最後の対局。
ゲーム代を先払いしようとした刹那、
店のドアが開いた。
「こんばんは。」
大きな影が動く。
 「打てるじゃろうか?」 声の主は、
山のような大きな体をしていた。 人の良さそうな顔つきだが、
目だけが妙にギラギラとしている。 「もし、邪魔でなければ、1.2回
遊ばせてもらえんじゃろか?」
そう続けるその男に、
店員は「どうぞ」と席を譲り
ルール説明を始めた。
「レートは・・・」そう口にする
店員をその男は遮る。
「説明はええ。また、
わからんことがあったら、
教えてつかあせ」 謙虚なのだかなんだか、
とにかく、私は、
その男のことが気にいらなかった。
「レートもルール説明も無用とは、
何様だ。偉そうに!気に入らない!」
そう思い対峙する。
今日の私は、思いのほか、
状態がよい。ツモリ続けてやる!
俺の楽園を荒らされてたまるか。
奇妙な闘争心にとらわれたまま

深夜の対局がはじまる。

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